当院は小規模ながら19床の有床診療所として、平成3年7月1日から平成18年8月31日まで15年間夜間・休日の救急外来をやりました。年間で200から250台もの救急車を受けていました。
救急外来をするということは、毎夜当直の医師とレントゲン技師を置くことを意味します。有床診療所は、基本的に医師は小生1人なので小生が毎日当直することは物理的に不可能です。そこで、基本的には週2日(月8回)は小生が当直しました。明けても交代要員はいないわけですから、その日の午後8時に当直医が来るまで小生が働かなければなりません。従って、週2回連続36時間労働をするわけです。これはかなり救急が好きでないと勤まりません。その他に、週5日(月23日)は、自分の出身大学の医師又は近隣大病院の若い医師に当直をしてもらいました。レントゲン技師は、月に31日近くの病院からアルバイトとして来てもらいました。
この体制を平成3年から18年まで続けていたところ、平成18年初頭から国の医療費削減政策の影響で、患者は減少し医療収入が落ち、毎月赤字が出始めました。それまでは、「医療は真面目にさえやっていれば倒産することはない」と漠然と信じていたので、この赤字にはびっくりしました。恥ずかしながら、この時初めて、当直の医師とレントゲン技師のバイト代はいくらか計算してみました。なんと年間約2500万円もかかっていました。その結果、最大の赤字部門の救急外来をやめました。こんな小さな診療所でも夜間コンビニ店のように開けておくと莫大な金がかかるのです。近くの救急外来をやっている大病院はもっと金がかかっているに違いありません。
しかも、救急患者の中には、神様が医師に罠をしかけているとしか思えないような、診断が難しいケースが混じっています。一言で言えば、リスクが一杯なのです。昔、小生もこのリスクを冒すことを楽しめる心の余裕がありましたが、例の福島の産科医逮捕事件をきっかけに救急外来をやる気力がなくなってきました。そこへ赤字となったので、高校生の時医師になろうと志した時以来好きだった救急外来を止めることにしました。本当に辛かったです。
10年以上前にあった神様が医師に罠をしかけたようなケースをひとつ書いてみようと思います。
ある日曜日の午後3時頃だったでしょうか。30歳の男性が救急外来に来ました。廊下の椅子に座って少年ジャンプを読んでいる青年がいるので、「どうかしたのか」と聞くと、「午前10時頃、スポーツジムで備え付けの自転車を漕いでいたら突然首の後ろから後頭部にかけて痛くなった」と言うのです。吐き気も嘔吐もないと言うし、漫画本を読んでいるくらいだから、そんな悪そうにも見えません。「ここが12時までやっているのを知っているなら、時間内に来てくれよ。俺達はさっきまでフルで働いてるんだぜ。少しは救急やっている者の身にもなってくれよ。」と言ったところ、「アハハ、御免なさい。」と言うほど気の良い青年でした。そこで、首のレントゲンを撮り、突然痛くなったことが引っかかったこと、以前に若年者のくも膜下出血の発見が遅れたという痛い経験があったので、さらに頭部のCTスキャンも撮りました。レントゲンからは何の異常も見られませんでしたが、頭部CTにほんの少しおかしく思えた部分がありました。そこで、近所のA病院に大学時代の同級生の脳外科医がいるので、彼の自宅に電話をかけ、「なんとなくCTが変だから今日見てくれないか」と頼みました。友人とはありがたいもので、その友人は快く引き受けてくれました。早速その青年に、フィルムを持たせA病院に行くように指示して、その晩も4〜5人の救急患者を処理して、その青年の事は忘れてしまいました。
ところが、翌日の月曜日に外来で働いていると、その同級生の医師から電話があり、「おい、あのケース緊急手術したぞ」と言われ、「何の話?」と言ったところ、「昨日の彼は、お前がちょっと疑ったようにくも膜下出血だったんだよ。脳外科の医師ならあのCTでギリギリ発見できるが、お前よく見つけたなあ」と変な褒め方してくれました。その時は一瞬背筋が寒くなりましたが、術後良好・意識鮮明と聞き、ほっとしました。
先日、この青年のお母さんが腰痛で外来に来られたので、「息子さんはお元気ですか。」と聞いたら、「息子は元気で働いていて、無事に40歳をこえました。」とのこと。小生は一日ニコニコでした。
医学校では、くも膜下出血では頭痛が起きると教えられても、少年ジャンプを読むほど元気がある場合もあるとは教えてくれないのです。もしあのまま、湿布と飲み薬を持たせて帰していたら、ほぼ確実に再出血で死んでいたでしょう。こんな危ない仕事を一般救急医はやっているのです。いつも脳外科医が当直しているわけではないのです。この場合も小生がA病院に行けと青年に指示しなかったら訴訟を起こされ負けるのでしょうか。