救急患者のたらい回しについて

医療とは何か

 医療とは、人間と死神との戦いです。戦争である以上、目的は勝って生き残ることです。
 戦争に勝つためには、3つの要素が必要と考えます。
第1に、物質的要素。すなわち、豊富な資金が必要です。
第2に、精神的要素。すなわち、高い士気(戦意・やる気・ファイティングスピリットと言ってもよい)が必要です。
第3に、運的要素。戦いは何時も勝てるわけではなく、運に左右されるのです。この事を国民1人1人が自覚していないのです。医学が完璧な学問だと思っている人が多いが、それは完全に間違いだと思います。

物的要素について

 まず、第1の要素が、国の医療費削減政策によってかなり怪しくなってきました。現在病院経営が成り立っているのは、Tグループ・Aグループなど特殊な経営能力を持っている少数の病院群に限られています。ここまで医療費が削減されると、普通の病院は経営が成り立たなくなっています。医療崩壊は恐れではなく、現実にかなり進行しています。このまま医療費が削減され続けば、完全に崩壊(=倒産)します。北区方面の某病院が一夜にして倒産閉鎖したのを憶えていますか。倒産の危機に直面して、医師が安心して死神と戦えるはずがありません。

精神的要素について

 さらに、第2の要素の医者の士気が、医療訴訟の増加・産科医師の逮捕事件を契機に一気に失われてきています。私が見聞きしても、全国の医者特に最前線で医療を支えている40代以上のやっと一人前になって油ののってきた中堅医師の士気・戦意がどんどん落ちてきています。軍隊なら士官将校が戦う気力を失ったらどうなるでしょうか。戦争に勝てるわけがありません。今、日本中で起きている救急患者のたらい回しが最も分かりやすいその結果なのです。
 新聞報道では、病院の空きベッド情報がもっと正確に把握できれば、そのベッドに救急患者をはめ込めると考えている人がいます。しかし、ベッドが空いていても、戦意がなければ医師は救急患者を取ろうとはしません。「現在自分が受け持っている患者を守りさえすれば、それ以上厄介な事を、訴訟を起こされる又は逮捕される危険を冒してまで率先して引き受ける医師がいるだろうか。いるはずがない。」と、小生が15年間この小さな町の救急をやりながら心の中でつぶやいていたこの気持ちを全国の医師がいま持っていると確信しています。
 救急患者特に重大なケースを引き受けるためには、病院側にかなりの金銭的余裕(例えば、交代要員に払う金、保険の利かない高額器具を使って病院が自腹で負担する金など)が、医師側にはかなりの肉体的・心理的余裕が必要です。会社で常勤として普通に働きクタクタになって帰宅した女性が、亭主・子供にやさしくできるはずはないのです。
 重症患者1人を受け入れることはかなりの負担です。しかも、うまくいっても給料が増えるわけでもないですし、まずくなれば逮捕までされる御時勢です。むしろ救急患者は取らないのが当然という流れになっています。
 小生が、小学生の時、学校の運動会で綱引きがありました。当時は1クラス50人もいたから、かなりの人数で引っ張り合いました。両方の力が見事に均衡し綱は動かなった瞬間、小生は「自分の力などたいしたことはないのかな」と思い、試しに力を少しぬいてみました。その途端に綱は相手方に引っ張られ、負けてしまいました。家に帰って父親にその話をしたら、「勝負事はみんなが一生懸命に協力しているから勝てるのだ。手を抜くのではない」と、厳しく叱られました。また、先月30人31脚という競技をテレビで見てすごく感動しました。綱引きも、30人31脚も、「お互いを信じて仲間は絶対に手を抜かないと信じていること」によって成り立っている競技です。今、このような精神が医療の現場で確実になくなってきているのです。

運的要素について

 最後に、第3の運的要素について気がついている人は少ないと思います。すなわち、戦争は必ず勝てるものではないという事実が意外と自覚されていないのです。昔の日本人は第2次世界大戦でこの事を嫌というほど思い知らされたはずですが、今の日本人は見事に忘れています。医療はすべて成功するのが当然と思っている人が多いのですが、とんでもない間違いだと思います。小生の母親によれば、戦前は結核になればほとんどの人が死んでいたとの事です。さらに、世間の人はこの死を自然の事として受け入れていたそうです。人が病気で死ぬことは当然だったのです。しかし、戦後は結核になっても多くの人が直るようになりました。このような流れの中で、病気・怪我は治るのがあたりまえ、手術は成功するのはあたりまえという風潮が蔓延しています。
 医学はまだまだかなり不完全な学問だと考えます。医学はおそらく90%以上がうまくいき、残り5〜10%の失敗例をどうやったら成功例に変えられるかの勝負だと思います。

自分のすべき事

 医療は死神との戦いですから、戦いに敗れれば患者は死にます。この時医師がやるべき事は、本田宗一郎が言ったように、「人生は、<失敗><反省><勇気>の繰り返しだ」という事に尽きると思います。その時点で最善を尽くす。失敗から常に学ぶ。学んだ事は次から恐れずに生かす。やるだけやったら運を天に任せる。
 小生は、自分の家族、友達の家族、周囲にいて小生を頼って来てくれる人達のみ守ることにエネルギーを使おうと思っています。不特定多数の救急患者を引き受け救う余裕は、物理的にも心理的にもなくなってしまいました。医師として人間として本当に残念です。多分、綱引きの話と同様な事が日本全国で起こっているのです。当院のような小さな医院でも救急をやめれば、近所の大病院の救急外来がもっと混んでくるでしょう。今大病院の救急外来という堤防が決壊し始めており、完全に決壊するのも近いと思います。

医療崩壊への対策

 では、どうすれば事態を改善できるでしょうか。国が借金まみれの中では、非常に困難な問題であることは理解できますし、医師を含め医療業界全体の無駄を省く必要は当然です。しかし、医療費はこれ以上削減すべきではありません。むしろ増やすべきです。小生は、財政の専門家ではありませんが、少し勉強しましたところ、特別会計制度を改革し無駄使いを改善すれば相当程度、医療費を含む社会保障関係に国費を回すことは可能だと思います。例えば、道路特別会計で道路以外に使われた金額が去年の年度で3300億円あると聞きましたが、これは1年間に厚生労働省が削減目標としている社会保障関係費用2200億円のなんと1.5倍です。
 そして、以上のような方向性に反対する政治勢力(官僚を含む)に対しては選挙で落とす以外ないと思います。
 幕末に生きた吉田松陰・高杉晋作・坂本竜馬等がもし今日生きていたら、このような閉塞した日本の現状をどうやって変えようとするでしょうか。日本刀を振り回すでしょうか。「入札(=選挙)で変えよう」と言うに違いないと信じています。